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京都地方裁判所 平成8年(行ク)5号 決定 1996年10月18日

京都市西京区松尾東ノ口町八番地

申立人(原告)

国府久雄

右訴訟代理人弁護士

村井豊明

浅野則明

京都市右京区西院上花田町一〇番地

相手方(被告)

右京税務署長 矢田文逸

右指定代理人

山崎敬二

主文

本件申立てを却下する。

理由

一  申立人の本件申立て

別紙一及び二のとおり(別紙二は、別紙一で引用する基本事件における平成五年三月二六日付け被告準備書面添付の別表六ないし八)。

二  相手方の意見

別紙三のとおり。

三  当裁判所の判断

1(一)  民訴法三一二条所定の文書提出義務は、訴訟当事者を含む国民が裁判所の審理に協力すべき公法上のものであって、基本的には証人・証言義務と同一の性格を有するものと解されるから、この場合にも民訴法二七二条、二八一条一項一号の規定が類推適用され、文書所持者に守秘義務のあるときは当該所持文書の提出義務を免れると解するのが相当である。

そして、申立人が提出を求めている所得税青色申告決算書(以下「本件文書」という。)には、右守秘義務による保護の対象となる個人の所得金額、資産、負債等の記載がなされているから、相手方は、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条により、職務上知り得た右事項につき、守秘義務を負うものといわなければならない。

(二)  この点について、申立人は、本件文書のうち当事者の特定につながる情報部分を秘した文書を作成して提出すれば守秘義務は貫徹される旨主張する。

しかし、本件文書上の情報の一部を秘すると守秘義務が貫徹されるかどうかはともかく、民訴法三一二条ないし三一四条所定の文書提出命令制度は、特定の文書の原本が現存することを前提とし、これを所持する訴訟当事者又は第三者に対してその提出を命じるものであるから、相手方において新たに文書を作成させた上これを提出させることは文書提出命令制度の趣旨及び目的を逸脱するものであって、相手方にその旨を命じることはできないといわざるを得ない。申立人の右主張は採用できない。

(三)  したがって、本件文書の所持者である税務署長は本件文書の提出義務を負わないというほかない。

2  そうすると、申立人の本件申立ては、本件文書が基本事件訴訟において相手方の引用した文書に該当するかという点やその証拠としての必要性について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。

四  結論

以上のとおり、申立人の本件申立ては理由がないから、却下することとする。

(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 芦澤政治 裁判官 吉岡茂之)

別紙一 申立の趣旨

被告は、本件訴訟における推計課税のため抽出した同業者中、平成五年三月二六日付け被告準備書面添付の別表六ないし八に表示する右京税務署管内のBについての昭和六二年分ないし平成元年分の青色申告決算書(青色申告書添付の決算書一切)の写しを提出せよ。

との判決を求める。

申立の理由

一、証すべき事実

被告が原告に対して、昭和六二年分ないし平成元年分の所得税更正処分を賦課した際に、持ち帰り弁当製造販売業の同業者の所得率を使用したが、その比準同業者のうち「右京B」の経費内容

二、文書の所持者

被告あるいは被告代理人

三、文書提出義務の原因(民訴法三一二条一号)

1 被告は、平成五年三月二六日付け準備書面の第一の三項において、被告が選定した持ち帰り弁当製造販売業の同業者なるもの七名(「右京B」を含む)の所得率の平均値を用いて原告の係争各年分の事業所得金額を推計し、右七業者の所得率は、各業者が所轄税務署長に青色申告した際の金額によって算定したものであるから、その算定の基礎となる資料はすべて正確なものであると主張している。つまり、被告は、青色申告者の中から右七業者を選定し、所得率算定の基礎とした金額も右七業者の青色申告決算書に基づいており、かつ、そのことをもって算定資料の正確性の根拠として主張しているものであるから、結局のところ自己の主張(推計の合理性)の裏付けとして、右七業者の青色申告決算書を引用して主張したことに該当する。

2 次に、被告は、平成八年一月一九日付け準備書面において、原告と同様に経営者自らが店舗内で就労していないと主張する「右京B」のみを比準同業者として取り上げ、一般経費に含めていた給与賃金を特別経費に加え本件係争各年分の算出所得金額を試算した。すなわち、平成五年二月一〇日付け一般通達(乙第一号証の四)の「3作成要領」に記載されているように、作成対象者の所得税青色申告決算書に基づき、同業者調査表の<1>売上金額、<2>経費の額が記載されるのであるが、もともと「<2>経費の額」欄には決算書の「売上原価」欄の「差引原価」欄の記載されている金額および「経費」の欄に記載されている金額との合計額から、特別経費(建物の減価償却費、繰延資産の償却費、利子割引料、地代家賃、貸倒金、減価償却資産の除却損、税理士報酬等)に相当する金額を控除した金額に「専従者給与」欄に記載されている金額を加算した金額を記載するという要領でなされていたが、「3作成要領」の(3)に記載した特別経費のほか給与賃金も特別経費として除外し、所得率を算出したことは明らかである(乙第一〇号証)。

さらに、被告指定代理人は、平成八年三月二二日付け準備書面においても、平成八年一月一九日付け準備書面において主張した右内容の正確性を担保するために、被告に対し、「右京B」の売上金額、(一般)経費の額および算出所得金額を回答すべく通達を発遣し、その回答を得たとして、乙第一二、一三号証を提出している。これも右と同じ内容について、対象となった「右京B」の所得税青色申告決算書に基づいて、売上金額および経費の額が算出、記載されている。

3 ところで、民訴法三一二条一号は文書提出命令の対象となる文書のひとつとして「訴訟ニ於テ引用シタル文書」を挙げている。同条一号が当事者が引用した文書につき、その当事者に提出義務を課した趣旨は、当該文書を所持する当事者が、裁判所に対し、その文書自体を提出することなく、その存在および内容を積極的に申し立てることにより、自己の主張が真実であるとの心証を一方的に形成させる危険を避け、当事者間の公平を図って、その文書を開示し、相手方の批判に晒すべきであるという点にあると解されるから、同条号所定の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当事者の一方が、訴訟において、立証それ自体のためにする場合だけに限られずその主張を明確にするために、文書の存在について、具体的、自発的に言及し、かつその存在・内容を積極的に引用した場合における当該文書を指すものと解するのが相当である(大阪地決昭和六一年五月二八日-判タ六〇一号八五頁)。

4 本件についてこれをみるに、被告は、本訴において、前記抽出にかかる同業者らの当該年分の売上金額と算出所得金額から、その算出所得率を算出し、それらの数値を平成五年三月二六日付けの被告第二準備書面別表六ないし八に表示したうえ、その申告の正確性について裏付けを有する青色申告者であるから、その金額等の算出の根拠となった資料はすべて正確なものである旨主張し、右主張に対応する証拠として、「『同業者調査表』の提出について」と題する大阪国税局長作成の被告宛通達書(乙第一号証の四)およびそれに対する同じ表題の被告作成の大阪国税局長宛報告書(乙第二号証の四)を提出していることが認められ、右報告書(同業者調査表)に記載されている同業者「右京B」の昭和六二年分ないし平成元年分の売上金額と経費の額は、青色申告決算書に記載された該当金額を移記して作成されたものであることが右通達書記載の報告書作成要領が「所得税青色申告決算書に基づき・・作成する」とされているところから明らかである。

また、平成八年一月一九日付け準備書面において取り上げた「右京B」に関する試算も、乙第一〇号証に記載されているように、「本件推計において、被告が採用した同業者のうち、右京税務署より取り寄せた「右京B」の青色申告決算書の写しをもとに」、一般経費に含めていた給与賃金を特別経費に加えて本件係争各年分の総所得金額を試算したものであり、さらに平成八年三月二二日付け被告準備書面で主張されている「右京B」の売上金額、(一般)経費の額および算出所得金額もすべて「右京B」の所得税青色申告決算書に基づいて算出、記載されていることは明白である。

5 これらの事実からすると、被告は、本訴において、「右京B」の青色申告書の存在に言及し、かつその記載内容中の重要部分を明らかにしてその主張を構成し、立証の手段を講じているものと言わざるを得ず、被告のこのような主張立証は、被告が自らの方針として選択して、積極的、自発的に行なっているものであることは明らかである。

従って、本件青色申告決算書は、民訴法三一二条一号にいう「訴訟ニ於テ引用シタル文書」に該ると言うべきである。

四、守秘義務について

原告からの本件文書提出命令に対しては、被告は民訴法三一二条に定める文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のものと解されるから、文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号等の規定が類推適用され、文書所持者に守秘義務のあるときは、右文書の提出義務を免れるというべきであり、本件青色申告決算書は、個人の秘密に属する所得金額、資産負債の内容等が記載された文書であって、被告は所得税の調査に関し職務上知り得た右のような事項につき、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条によって守秘義務を負うものであるから、被告が訴訟当事者としてこのような文書を訴訟において引用したからといっても、本件青色申告決算書の提出義務を負うものではないと主張するかも知れない。

しかし、仮に被告のいう守秘義務の問題があったとしても、本件青色申告決算書の記載部分中、申告者の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名など納税者の特定につながる固有名詞をすべて削除した写については、それを提出することにより、納税者の営業、財産等に関する秘密を漏泄するおそれがあるとは考えられず、守秘義務違反の問題は生じないというべきである。

五、証拠としての必要性について

本件青色申告決算書(写)の証拠としての必要性の判断は、本案事件の審理と密接に関連しており、被告のこの点に関する主張に照らし考えても、右文書が証拠としての必要性を欠くものということはできないと言うべきである。むしろ、本件のような推計課税の合理性、これを担保するために必要な同業者とされたものの業態、事業規模等の原告との類似性が争点となっている事案の審理にあたっては、被告がその重要な一部を引用している本件青色申告決算書に記載されている、特に経費の概要が重要な意味を持っていると言わなければならない。「右京B」については、供与賃金の部分がかなり大きく、一般経費は少なすぎるくらいである。この「右京B」を比準業者として、原告の総所得金額を算出しているが、その正確性を確認するためには、「右京B」の経費の内容を明らかにして検討する必要がある。また、推計の基礎となる同業者の所得金額等の正確性についても青色申告決算書が最も的確な証明資料であることなどを考慮すると、その証拠としての必要性は高いというべきである。

六 よって、本件文書提出命令申立は、被告の選定にかかる同業者中、「右京B」についての昭和六二年分ないし平成元年分の青色申告決算書写の提出を求めるものである。

別紙二

別表 六

持ち帰り弁当製造販売業の同業者の所得率一覧表(昭和62年分)

<省略>

別表 七

持ち帰り弁当製造販売業の同業者の所得率一覧表(昭和63年分)

<省略>

別表 八

持ち帰り弁当製造販売業の同業者の所得率一覧表(平成元年分)

<省略>

別紙三

原告は、一九九六年七月一九日付け文書提出命令申立書(以下「本件申立書」という。)により、申立の趣旨記載の平成五年三月二六日付け被告準備書面添付の別表六ないし八に表示する右京税務署管内の同業者Bについての昭和六二年分ないし平成元年分の青色申告決算書の写し(以下「本件文書」という。)の提出命令を申し立てているが、本件申立ては、以下に述べるとおり理由がないから、速やかに却下されるべきである。

一 文書提出義務について

本件文書は、民訴法三一二条一号「引用シタル文書」(以下「引用文書」という。)に該当しない。

1 引用文書は、当事者の一方が、訴訟において立証それ自体のためにする場合だけに限られず、その主張を明確にするために、文書の存在について、具体的、自発的に言及し、かつ、その存在・内容を積極的に引用した場合の文書をいうと解すべきであるところ(大阪高裁昭和六〇年七月一日決定・判例タイムズ五六七号一七六ページ)、被告は、本件訴訟において、青色申告決算書それ自体を証拠として引用していないのみならず、被告が、その主張において、直接青色(決算)申告書という言葉を用いたのは一度だけであり(被告の平成五年三月二六日付け準備書面の第一、三、1、(1)「青色申告書を提出していること。」)、しかもそれは同業者の選定基準の一つとして掲出したものであって、その意味するところは類似同業者を選出するための母体として確定申告をした者のうち、青色申告をしたもの、すなわち「青色申告書」に限定する意味で青色申告書という言葉を用いたものであり、被告が本件文書を含む特定の青色申告決算書の存在について、具体的、自発的に言及し、かつその存在と内容を積極的に引用したことは全くなく、本件文書が引用文書に当たらないことは明白である。

また、被告が本件訴訟において本件推計課税の適法性ないし推計の合理性を主張するために引用している同業者調査表及び調査書(乙第一号証の四、第二号証の四、第一〇号証。以下「同業者調査表等」という。)は、大阪国税局長の求めに応じ、被告において作成したものであるから、本件文書とは全く別異の文書である。

2 ところが、原告は、被告が右同業者調査表等に基づいて原告の所得金額を算定するなどしているところ、右同業者調査表等は本件文書を含む青色申告書に基づいて該当金額を移記して作成されたものであるから、右同業者調査表等を引用することは、本件文書の存在に言及し、かつその記載内容を明らかにしているものにほかならず、しかも、このような主張立証は被告が自らの方針として選択して、積極的、自発的に行っているものであるから、本件文書は引用文書に該当する旨主張する。

しかしながら、前述したように被告は、本件文書自体を引用する意思は全くない上、本件文書すなわち、「右京B」の青色申告決算書には、事柄の性質上単に「右京B」の事業所関係のみではなく他の所得関係のすべてにわたる記載があり、かつその取引先関係についても具体的に開示されているほか、世帯の構成等一身上の事項の記載も存するなど、本件文書はもともと本件訴訟における立証の必要性を超える記載部分も多いことを併せ考えると、右同業者調査表等と本件文書との間には、必ずしも前者を引用することが、後者を引用したと評価する程の密接不可分な関係にはなく、右同業者調査表等を引用することが実質的に本件文書を引用することになるから本件文書が引用文書に当たるとする原告の主張は失当である。

したがって、被告が同業者調査表等の存在・内容を積極的に引用して主張をしても、これをもって本件文書自体を引用したことにならないことはいうまでもなく(神戸地裁昭和六〇年四月一八日決定・判例タイムズ五五六号二二七ページ、前掲大阪高裁昭和六〇年七月一日決定、大阪高裁昭和六三年一月二二日決定・判例タイムズ六七五号二〇五ページ)、本件文書が、民訴法三一二条一号所定の「引用文書」に該当しないことは明らかである。

3 なお、原告は、本件申立書の「申立の理由」の三、2において、「被告が平成八年一月一九日付け準備書面において、原告と同様に経営者自らが店舗内で就労していないと主張する「右京B」のみを比準同業者として取り上げ、一般経費に含めていた給与賃金を特別経費に加え本件係争各年分の算出所得金額を試算した(乙第一〇号証)。」と記載し、被告があたかも「右京B」が経営者の就労がない者であると認めているかのごとき主張をしているが、被告は、「右京B」について、同業者調査表等に記載された以上の事柄を開示したことはなく、また「原告と同様に経営者自らが店舗内に就労していない」との主張も行ったことはない。

二 守秘義務について

1 民訴法三一二条所定の文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格を有するものと解されるから、文書の所持者については、その提出につき同法二七二条、二八一条一項一号を類推適用され、守秘義務があるときは、該当文書の提出を拒むことができると一般的に解されているのである(東京高裁昭和五二年七月一日決定・判例タイムズ三六〇号一五二ページ、浦和地裁昭和五四年一一月六日決定・訟務月報二六巻二号三二五ページ、東京高裁昭和六〇年二月二一日決定・判例時報一一四九号一一九ページ、前掲大阪高裁決定、名古屋地裁昭和六三年一二月一二日決定・判例タイムズ六九三号二二六ページ、菊井=村松全訂民事訴訟法Ⅱ六二一ページ)。

すなわち、民訴法が公務員をその職務上の秘密につき尋問するに際しては行政庁の承認を要する(同法二七二条)とし、公務員の職務上の秘密であることを理由として証言拒絶(同法二八一条一項一号)の場合にはその当否を裁判所が判断し得ない(同法二八三条一項)としたのは、何が職務上の秘密に該当するか否かの実質的な判断権が裁判所にはなく、その点の判断は行政庁にゆだねられるとの趣旨であると解すべきであるところ、右の理は守秘義務による文書提出義務の免除の場合についても同様に解すべきであり、このように解さなければ、人証か物証かの証拠方法の差異という一事をもって公務員の職務上の秘密の保護に違いをもたらすという不合理な結果を招来することになるからである。

そして、このように解する以上は、何が守秘事項に当たり、守秘義務違反を避けるべき方法としていかなる方策を採るべきかの判断もすべて行政庁にゆだねられていると解さなければならない。

2 これを本件についてみるに、本件文書には納税者個人の秘密に属する事項の記載が存することは極めて明白であり、右事項は、被告右京税務署長が国家公務員として職務上知り得た秘密にほかならないから、当然守秘義務を負うものと解さなければならない(国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条)。したがって、本件文書の所持者である被告右京税務署長は、民訴法二七二条、二八一条一項一号の類推適用により、本件文書の提出を拒むことができると解すべきである(前掲大阪高裁決定)。仮に、税務職員が特定の納税者の青色申告書や納税者にかかる税務調査事項等の記載された文書を公表するという事態が生ずれば、申告納税制度の根幹をゆるがしかねない悪影響を与えるとともに、税務行政の執行に重大な支障を及ぼすことは必至である。

3 ところが、原告は、「本件青色決算書の記載部分中、申告者の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名など納税者の特定につながる固有名詞をすべて削除した写については、それを提出することにより、納税者の営業、財産等に関する秘密を漏洩するおそれがあるとは考えられず、守秘義務違反の問題は生じないというべきである。」旨主張する(本件申立書の「申立の理由」の四後段)。

(一) しかしながら、文書提出命令は、現存するあるがままの文書原本の提出を命ずるに止まるものであるところ、そもそも本件文書の固有名詞を削除した文書又はその写しは、現存しない文書であるから、原告の主張は失当である。

すなわち、民訴法三一二条ないし三一四条所定の文書提出命令の制度は特定の文書の原本が現存することを前提とし、これを所持する訴訟当事者若しくは第三者その提出を命ずるものであって、右文書の現存と提出命令を申立人において主張立証すべきものであって、その作成がいかに容易であっても、現存しない文書を作成した上、これを提出すべきことを命ずることは文書提出命令の制度には含まれないというべきところ(大阪高裁昭和六一年九月一〇日決定・訟務月報三三巻五号一二三五ページ)、原告の右申立は被告に本件文書の固有名詞を削除した文書ないしはその写しを作成することを要求するものであって、右申立が認められないことは明らかである。

(二) なお、固有名詞を削除した青色申告決算書の写しであっても、前述したようにそこには個人のプライバシー及び営業上の秘密に属する事項が多数記載されているため、その記載内容、筆跡等から申告者が特定されるおそれが完全には払拭されないのであって(事実過去の同種訴訟事件において、当該訴訟の原告側から固有名詞を削除した青色申告決算書写しに基づく調査で納税者を特定しえたと主張された例があった。)、守秘義務の問題を生じないとする原告の主張は失当である。

三 本件文書の証拠としての必要性について

原告は、「推計課税の合理性、これを担保するために必要な同業者とされたものの業態、事業規模等の原告との類似性が争点となっている事案にあたっては、被告がその重要な一部を引用している本件青色申告決算書に記載されている、特に経費の概要が重要な意味を持っている」旨主張する(本件申立書の「申立の理由」の五)。

しかし、原告と「右京B」の類似性を検討するにあたって、経費の概要を比較するのであれば、その対象となる原告の経費一切が明らかにされた時点で可能となるものであり、原告は何らその主張を行っていないのであるから、その主張には理由がない。

なお、被告が主張した「右京B」の数額の正確性については、既に、第二〇回口頭弁論において、乙第一〇号証の作成者である江木修証人により立証されており、何らそれ以上の必要性はないものと考える。

四 結論

以上のとおり、原告の本件申立は理由がないから、いずれもこれを却下すべきである。

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